December 23, 2012

Xmas

 十代から二十代まで、一年のうちもっとも好きな季節はクリスマスだった。今は嫌いになったと言うわけではなく、盆のような年中行事も味わい深いような年齢になって、どの季節や風習にもそれぞれ愛着を感じるようになり、何が一番と言えなくなっただけだったが、当時は、目に映るものに心つかまれやすい年頃でもあり、街中が飾りつけをして美しく彩られ、流れる音楽も楽しく、また家々の玄関や窓にはリースがかけられたりライトが点滅したりして、まるで道行く人にまで声をかけてくれているような、ひとつの同じ喜びにみんなが心を寄せているような、そんなあたたかさを感じ、なんだかとても幸せになった。

 実際、その年代というのは、イブを誰と過ごすかということも真剣な悩みとなる切ない時期でもあったが、意中の人と過ごせればそれは本当に特別なことだし、そうでなくても、なんとなく一人にはならないような、結局放っておかれないような、クリスマスとはそんな日だった気がする。一人にならなかったというのは、必ず誰かと一緒ににぎやかに過ごしていたという意味でもなく、たとえばクリスマスカードが一枚届いたり、なにか心あたたまる小さなできごとがあったり、あるいは神さまからのプレゼントとしか思えないような幸運に出会ったり・・・・・形や程度はさまざまではあるが、大切にされた幸せにかならず与ったように思うのだ。

 寒い冬の日に、暖炉の前できれいに飾られたクリスマスツリーを囲み、ケーキを食べ、歌を歌って喜び合う・・・・そんな西洋の光景を、幼いころから絵本や映像で眺めて培われてきた憧れは、実のところ、あたたかさや、明るさ、そして愛に満ちたものを求める気持ちに他ならなかったのではないかと思う。冬の寒さの中のぬくもり、夜の暗闇の中の光、わたしたちがそれらを求めることはいたって自然である。そしてイエス・キリストは、まさしく人をあたため、光を与えるために生まれてきた。クリスマスとは、その使命の誕生を祝う日だ。

 三十代の後半になって、思いもよらなかった転機でキリスト教の学校に勤めることになり、わたしは念願がかなったと言うよりはやはり思いもかけず、あらためて好きだったクリスマスの意味を学ぶことになった。今思えばおかしいというか、おそろしいことだが、それまでも自分はクリスマスとは何かを十分知っているつもりでいたし、新しく知る意味があるとも思っていなかった。家に誰もクリスチャンはいなかったが、物心ついた頃から家族をあげて祝っているクリスマスである。クリスマスがイエス・キリストが生まれた日であること、またその誕生の物語について知ったのはいつだったか。マリアとヨゼフの名前も、天使のお告げも、また処女懐胎も、中学生の頃には一般常識のように自然な知識として身についていたように思う。しかし今、同じこのクリスマスを眺めながら、わたしは毎年新しい物語を知るように感嘆せずにいられない気持ちになる。知るというのは、無知に出会うことだと言うが、まさにそんな心境になるのだ。

 救い主が誕生した・・・・・・はじめにその知らせを天使から受けたのは、国の偉い人たちでも、賢者と言われる人たちでも、宗教指導者たちでもなく、羊飼いたちだった。その職業は、貧しく、軽蔑され、そして毎日羊の世話があるので教会へ通うこともできなかった人々である。権力や、知識や、地位、いずれも持たない素朴な人々に、世界が変わるほどの、2000年後も世界中がその日を祝うことになるようなできごとの最初のニュースが知らされたのである。ある時、カトリック界でさまざまな重役を務める日本人神父がこんなことを口にして、わたしは新鮮な驚きと共にひどく納得したことがあった。
「ぼくが一番おそろしいのは、えらい人になってしまい、知らせを受けられないことなんです」
神の御業を一番に知らせてもらえる身でいたい、それは誰しも、ましてイエス・キリストに身を捧げる者なら当然抱く願いであるにちがいなかった。

 羊飼いばかりではない。母マリアは、結婚前に妊娠をしてしまうという、まさに白い目で見られ、村八分になって然るべき身の上であった。その出来事を受け入れるマリアの勇気と信念を想う時、わたしは何度でも脱帽の気持ちにかられる。「神に選ばれた方」、後世のわたしたちはマリアのことをそう呼び、賛美する。でも当時、そのような扱い方を誰もしなかったに違いなくて、むしろ汚れた、頭のおかしい人くらいに扱っていたのではないだろうか。そして、そんなマリアを妻とし、守り抜くヨゼフのことを考えると、これ以上良い男はいないのではないかと思ってしまう。婚約者が自分の子ではない命を宿していることを知ったら、どんな怒りや失望に陥っても不思議はないだろう。また、それは聖霊によって宿されたものであると夢で告げられ、励まされたとしても、その夢を信じ、マリアを信じる強さを持つことは決して容易ではないはずだ。わたしはこの健気な夫婦を想うたび、そして二人の間にお告げのとおり本当に男の子が生まれた瞬間を想うたび、ヨゼフとマリアに満ち溢れただろう大きな喜びに感応せずにいられない。どの時代でも、世間に負けず志を遂げること、疑念や疲れに負けず愛を行うことは難しい。母は子を守り、その母を、夫である父が守る。クリスマスとは最も素朴で尊いその姿を通して、聖なるとはどういうことかを示しているように思える。

 最後にもうひとつ。この2000年と祝祭が続くことになるクリスマスを、最初にプレゼントを持って祝いにやってきたのは東方の三博士たちであった。彼らは占星術師とも、天文学者とも解されているが、いずれにしろ「星」と「時」とに精通した賢者たちであり、世俗や権力に惑わされず、真理を追求する者たちであった。ここでも、示されているのはわたしたちがどう生きるべきかであるような気がする。わたしたちもまた、本物の幸せを探し、旅をする。道しるべとして、星のように誰も奪えない、誰も隠せないところにしるしが顕れる。それは、見る目のある者、聴く耳のある者にしかわからないしるしであり、そして答えだ。現代のように医学も科学も発達していない時代に、博士は自然の摂理に通じ、人々や社会へ適切な助言を与えることができる、尊敬された存在だったことだろう。しかし見る目と聴く耳とは、優れた知性ではなく、謙遜の心によって開かれるものである。三博士は、自らの知恵に驕る者ではなくお告げに従う者であり、この世の王ではなく馬小屋の赤ん坊にひざまずいて宝物を捧げる者であった。わたしたちが人生の道しるべを見、本物にたどり着くことができるのも、こうして大いなるものを仰ぎ、謙遜となる心なくしてはきっとかなわないだろう。
 今年の聖夜も、もうすぐである。もう一度、この救いの物語を、胸に。
 
 
きよしこの夜 星はひかり
救いのみ子は 
み母の胸に
ねむりたもう 夢やすく

きよしこの夜 み告げ受けし
羊飼いらは 
み子のみ前に
ぬかずきぬ かしこみて

きよしこの夜 み子の笑みに
めぐみのみ代の 
あしたの光
輝やけり ほがらかに

「きよしこの夜」
作詞:ヨーゼフ・モール 作曲:フランツ・グルーバー
訳詞:由木 康